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富士五湖ぐるっとつながるガイド

富士山頂の信仰遺跡群

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富士山頂の信仰遺跡群

富士山頂

富士山頂

富士山で迎える朝

山小屋のウッドデッキに出ると、白みはじめた大きな空の下を、雲の大海原が埋めつくしていた。まるで水平線まで続くひとつの大地のようだ。目覚めてすぐに、こんな壮大な風景のなかにいることが信じられなかった。 身支度をした他の登山者も次々と外に出てきて、寝起きの清々しい表情で白い息を吐きながら登山道を少し登った見晴らしの良い斜面へ黙々と移動していた。 溶岩を踏みしめる人の足音以外、無音の世界に天が奏でる調べが聴こえてくる気がした。 富士山の朝だ。巡礼の旅がピークを迎えようとしている。不思議と寒さは感じなかった。登山道にそれほどの混雑もなかったので、適当な岩場を見つけて腰かけ、その時を待った…。  

山小屋より下界の夜景と星空

山小屋より下界の夜景と星空


「山小屋ご来光」の良い点は、夜通し登る「山頂ご来光登山」にはない、ゆとりがあること。山頂までの道のりすべてをじっくり味わえる。 スバルライン五合目を出発したのは、昨日の三時ごろだ。日差しが強い日中をさけて登りはじめ、ちょうど夕暮れのベストタイミングに八合目手前にある山小屋に到着。 夕飯までは、山小屋で、遥か眼下の湖の輝きや、夕焼け空と雲が織りなす一大天界ショーを堪能した。夕食後はまた、富士山から眺める満月や、地上の銀河のような夜景。 天空の風景を見つづけていた興奮がなかなか冷めないまま、それでも時間的には十分な余裕をもって眠りについた。 富士山が世界文化遺産になる少し前から、これまで山頂でご来光を見る登山から山小屋でご来光を拝むゆっくり登山が推奨されはじめていた。 安全のためもあるし、そもそも江戸時代の富士講の時代から、富士山は「ゆっくり登ってじっくり味わう山」だった。 山頂でのご来光にこだわらなければ、マイペースに余裕をもって、雲の上の富士山を満喫できる。

七合目 七合目 九合目から山頂を望む 九合目から山頂を望む

神なる不二に出会う

水平線あたりの雲から次第にオレンジ色の光が広がり、雲海の表情がドラマチックに変化していった。 やがて中心の光が強さを増し、震えるようにきらきらっと揺れたかと思うと次の瞬間、黄金に燃える太陽が顔を出した。 ぬくもりを、まず頬に感じ、からだ全体を包み細胞が息を吹き返すのを感じた。 溶岩の山体が紅く輝き、空はみるみる青さを増していく。 富士山が見つめるその前で世界は眠りから覚め、ふたたび鼓動しはじめていた。太陽が昇りきると雲が散り、その下にミニチュアのような愛おしい下界が見えた。その展望は、やがて遠く駿河湾まで広がっていった。 この眺めこそ、富士山だ、と思った。あまた存在する山々のなかで唯一無二の富士山を実感する。その富士山と今ひとつになっている。地上で味わったことのない無心の幸福感がこみあげていた。この体験こそ富士山だった。

ご来光

ご来光


ただでさえ感動的なご来光は、構成資産のひとつひとつを巡礼してきたあとでは、なおさら感慨深いものになる。 ふりかえれば「御師の町」にはじまり「吉田口登山道」、「船津胎内」、富士五湖の「五つの湖」と「忍野八海」そして富士山北麓にある三つの「浅間神社」と巡ってきた。 この道のりは、まさに昔、江戸をはじめ関東近圏から歩いて富士山を目指した旅人たちが辿った道そのものだ。当時は世界一周ほどの意味があったかもしれない。そうやって富士山に登ることは、他の登山とは異なる特別な人生の旅になった。 ご来光を見たあと、山小屋で淹れてくれる珈琲でひと息つき、それからゆっくり山頂を目指す。 八合目から上は、富士山本宮浅間大社の奥宮境内地。厳しい溶岩の岩場に全身でとりつくようにして、一歩一歩進む人の列もまた神々しく見えた。 「六根清浄、お山は晴天、元気を出して、ぼつぼつ登ろ」 昔の吉田口“合力”さんのかけ声が聴こえる気がした。「ごうりき」は、登山者の荷をかつぎ山頂までの案内をした今でいう山岳ガイド。
山頂からの眺望

山頂からの眺望

登山道のゴールのまだその先 日本最高所で「お鉢めぐり」

富士山の山頂は、巨大な噴火口をとりまく八つの峰でできている。 それが偶然にも仏が座る蓮の花の八枚の花弁と同じため、山頂の峰は「八葉」とも称され、明治の「廃仏毀釈」が行われる前までは、各峰それぞれに八葉九尊の仏の名が冠されていた。 特に中央の噴火口は「内院」という聖域で、かつては大日如来、その後には、浅間大神、浅間大菩薩が座す場所だ。つくづく富士山は、霊山にふさわしい姿を生まれもっていたのである。 八峰の存在が意外に知られていないのは、今は一般的に各登山道の終点が富士登頂のゴールとされているからかもしれない。 でも古来の信仰にのっとるなら、内院を囲む峰すべてを時計周りに巡る「お鉢巡り」こそ巡礼のクライマックスで醍醐味。 その内院は、最大直径が780m。最深部237m。富士山という神さまのパワーが最大に宿る場所といえる。 さらにいえば富士山3,776mのピークは、峰のなかで最も高い「剣ヶ峰」の頂きにある。 現在のお鉢巡りでは、峰の頂上を通らずに火口の周り約3kmを一周することができ、またお鉢を中心に「富士山本宮浅間大社の奥宮」「久須志神社」のほか遺跡群として「銀明水・金明水」「虎岩」「雷岩」「釈迦の割石」などが今も残っている。

富士山頂久須志神社付近を遠望 富士山頂久須志神社付近を遠望 富士山火口 富士山火口

かつて日本最高所にあった天空の聖地を 山頂の遺跡群が物語っていた

はじまりは平安時代。「末代上人」が、大日如来を富士山の本尊とする信仰を創始し山頂に大日寺を建立したことによるという。 以来、富士山への信仰が発展していくなか、山頂には、寺院、神社、鳥居、仏像など盛んに造られてきた。 その後の廃仏毀釈で失われた遺跡群には、当時、山頂に鳴り響いていた幾つもの「梵鐘」もあったらしい。江戸時代の絵図などには、内院を望む「拝所」の鳥居の近くに必ず梵鐘が描かれている。おそらく富士山の山頂には、今よりはるかに壮大な、天上の一大聖地が形成されていて、そこに、巡礼者の打ち鳴らす鐘の音が絶えることなく響いていたのだ。 それでも、現在の山頂にも、日本最高所の頂きとは思えない登山者の賑わいがあり驚いてしまうが、天空の聖地として広がりと圧倒的な迫力に心を打たれる。 風などのない好天候に恵まれ、かつ時間と体力に余裕が残っているなら日本最高所でのトレッキングにも挑戦できる。巨大な火口は見る場所によりダイナミックに表情を変え、ここまで登ってこなければ決して見ることのできない、偉大な富士山のまさに中心がある。 ちなみに、あらためて巡礼という言葉を辞書で引いてみたら 「聖地•霊場をめぐること…これを果たすことは、年来の誓願」などとあった。 急ぐ必要はまったくなかった。 富士山の世界は、ゆっくり巡り、ゆっくり登るほど、大きくなるものだから。

富士山火口 正面が剣ケ峰

富士山火口 正面が剣ケ峰


 
火口のパノラマ動画はこちらから

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富士山頂イラスト富士山周辺地図

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富士吉田市役所富士山課 住 所:山梨県富士吉田市下吉田6-1-1 TEL:0555-22-1111

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