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天の食楽

鳴沢菜


天の食楽 鳴沢菜

鳴沢菜

鳴沢菜イメージ

冬が来る前に…

富士北麓の冬は早い。10 月に入ると紅葉が始まり、20 日過ぎには霜が降りるようになる。11 月初旬、鳴沢菜の収穫をすると聞き、冬が迫る鳴沢村に駆けつけた。出迎えてくれたのは、鳴沢菜クラブ会長の小林容正さん。案内された畑では、日に日に厳しくなる朝晩の冷え込みも冷たい空気もなんのその。緑色の菜っ葉が元気に揺れている。
「夏の終わりに種を蒔いた鳴沢菜の収穫は、10 月の中旬から下旬にかけてが最盛期。鳴沢菜は成長が早く、約2カ月で収穫できるんですよ」と小林さん。柔らかく甘味が強いのが特徴の鳴沢菜だが、育ち過ぎると硬くなり、せっかくの柔らかさや特有の風味が損なわれてしまう。
一番良いのは60cm 前後のもの。霜を2~3回浴びると、寒さに耐えようと葉っぱに栄養を詰め込むため、味が凝縮され、甘味が増して、ますます美味しくなるという。「以前は自家用に少しばかり作っていたんだけんども、最近は需要があるもんだから、春先にも種を蒔くようになってね。そうするとね、6~ 7 月頃には収穫できる。ただ、どういうわけか、夏はダメでね、前に蒔いてみたんだけど、うまくいかなかったね」。
さっそく収穫作業が始まった。手にした包丁で根元から一気にザクリと切り離すと、側らに停めてある軽トラックの荷台にきれいに積み上げる。ある程度たまると、縄でひとまとめにする。手慣れた様子。リズミカルな作業は見ていて気持ちがいい。

もう体が自然に動くというほどリズミカルな動作で鳴沢菜を収穫していく鳴沢菜クラブ会長の小林容正さん

気候、土壌、伏流水…
特有の気候風土がもたらした伝統野菜

村と同じ名前を持つ鳴沢菜だが、その栽培の歴史は村よりも古い。
「現存する文献には、江戸時代にはすでに栽培されていた記載があるっちゅうね。この辺りに住みついた落ち武者が、どこからか持ってきた種で作り始めたのが始まりじゃないかって話ですよ」。小林さんによれば、鳴沢菜は、いわゆる蕪菜(カブナ)の一種。DNA を調べたとこ、京都の長禅寺菜の系統だとわかったらしい。「もっとも、作物は気候風土によって育まれるもんだから、最初は同じ種を使っても、繰り返し栽培するうちにその土地固有の作物へと変化することも多いんだよね。鳴沢菜も、最初はどっかから持ってきたんだろうけど、水はけの良い火山灰土、富士の伏流水、そして、この気候。そういったものに育まれ、変化して、今の鳴沢菜になったんでしょう。以前、鳴沢菜の種を別の場所へ持って行って蒔いたら、伸びすぎて美味しくなかったっちゅう話を聞いたことがあるけんど、条件の違う場所で同じように作って、同じものを作るのは難しいっちゅうこんでしょうね。日本全国で、一見同じような菜っ葉がいろいろと作られているんだけんど、○○菜と地名がついた菜っ葉は3つだけ。その1 つが鳴沢菜ということで、貴重な野菜だっていいますね」。ちなみに、隣県長野にも地名を名に持つ野沢菜があるが、鳴沢菜とは食感も、食味も、系統も違うと言う。

このカブの部分も甘くておいしんだよ。とその場で剥いてくれた。

昔は、どの家でも自家用の鳴沢菜を栽培し、そのまま食べたり、漬け物にしたりするだけでなく、干して保存食にもしていたそうで、「秋の終わりには、各家の軒先に縄で編んだ鳴沢菜がつるしてあったもんですよ」。乾燥させた鳴沢菜は、冬の間の貴重な栄養源。必要に応じて、水で戻し、鳴沢の郷土食でもある“ちちんぴお” (※1)に入れたりして食べた。今のように、スーパーに行けば季節に関係なく新鮮な野菜が手に入るなんてことが無かった古き良き時代の、生活の知恵。「それから、根っこにある蕪もよく食べたね。汁物の具にしたり煮物にしたり…。干して保存食にしたりね。鳴沢菜の蕪は甘いから、生でもいけるんですよ。ちょっと食べてみますか?」小林さんが足元にあった鳴沢菜を引き抜くと、立派な蕪が姿を現した。そのまま持っていた包丁でざっくり皮をむき、適当な大きさに切って渡してくれる。一口噛んで驚いた。甘い。カリコリとした歯ごたえが心地いい。蕪というより、果物のような感じ。何かに似ている。何だっけ…。考えていたら、「ね、美味しいでしょ。ちょっと柿に似てると思うんだけどね?」と小林さんの声。そう!柿!!本当によく似ている。「私ら小学校へ行っていた頃は、帰り道でお腹がすくと、その辺の畑の鳴沢菜を引っこ抜いて、みんなで蕪を食べたもんです。あの頃は今みたいにお菓子なんてなかったから、甘くておいしかったね」。話を聞けば聞くほど、鳴沢菜が鳴沢の人々の生活に、どれほど深く入り込んでいたかが伝わってくる。

取り戻した、昔ながらの食感と味。
大切にしながら、次世代へもつないでいきたい。

数年前のこと、その鳴沢菜が、昔と違ってきていると問題になったことがあった。
「昭和30 年代~ 40 年代、鳴沢でも、大根やキャベツ、白菜など、いろいろな作物が作られるようになっていったんですが、その大半は、鳴沢菜と同じアブラナ科の植物だったもんだから、自然交雑が起こり、徐々に鳴沢菜が変化してしまっていたんです」。ずい分前から、異変にはうすうす気づいていた。昔のような食感がないのだ。そこで、大学の研究室で調べてもらったところ、本来の鳴沢菜とはかなり違うものになっていたことが判明したという。「それで、本来の鳴沢菜のDNA を取り出してもらい、そこから種を作ってもらって、栽培するようにしたんです」。こうして取り戻した本来の鳴沢菜。それを次の世代にもつなげていきたいと、小林さんが会長を務める鳴沢菜クラブでは、まずはこの種の普及に取り組んでいる。
「鳴沢菜は、漬物もいいけれど、生のままみそ汁の具にしたり、おひたしや油いためにしてもおいしいんだよね。今、JA 加工部と提携し、煮たものをおやきやまんじゅうに入れて、なるさわの道の駅で販売しているんだけどね、なかなか評判がいいみたいなんですよ。それに、10 月下旬の『鳴沢菜収穫祭』前後には、生の鳴沢菜も並ぶから、いろんな人に食べてもらえたら嬉しいですね」。そう言って笑った小林さん。その横顔に、伝統野菜を守り伝える誇りと強い想いが感じられた。

※1:ちちんぴお
鳴沢村で昔から食べられていた郷土料理。季節の野菜とこねた小麦粉を入れた味噌仕立ての汁物で、いわゆる“すいとん” のこと。他に、“ちぎりこみ” とか、“おつけだんご” とも呼びます。

仕切り線

道の駅なるさわで、鳴沢菜の漬物、鳴沢菜のおやき、鳴沢菜のおまんじゅうが販売されている他、10 月中旬~ 11 月初旬には、収穫されたばかりの鳴沢菜も店頭に並びます。

●道の駅なるさわ
山梨県南都留郡鳴沢村8532-63 TEL 0555-85-3900

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